12、塀の中のカントリーミュージック

カントリーミュージックは感覚的に刑務所に近いところにある。

刑務所をテーマにした曲、逃亡者を歌ったものから、歌手が塀の中にいた、さらに刑務所でコンサートを行ったからだ。

僕は昔、サンフランシスコのアルカトラズ島刑務所を見学した。今は閉鎖されていて、観光地だが不気味だった。コネチカットの家に行く途中の街、ダンベリーは連邦刑務所で有名だった。遠くから眺めてもなかなか厳しい景色だった。
僕は比較的、アメリカではいろいろなところを訪れたが開業中の刑務所には行ったことが無かった。ちょっとした交通違反でも反抗すると裁判まで普通の刑務所に入れるから、かの地では刑務所は比較的ポピュラーだ。
現在、刑務所は矯正の場所でほとんどの州では死刑も廃止、しかしその過去の過酷さは多くの映画やドラマに取り上げられたテーマであった。

カルフォルニア州、サンフランシスコ市北部にはサンクエンティン刑務所がある。

ジョニー・キャシュJonny Cashやバック・オーエンスBuck Owensはここで受刑者に演奏した。
マール・ハガードMerle Haggardは実際に入っていた。
そしてプリズン・ソング(PRISON SONGS)は多くの歌手が唄い、カントリーミュージックの一つの重要なジャンルを形成した。

シンディ・ローパーのアルバムで紹介した歌「迂回路」(Detour)
と言う曲にも、「迂回路を守らず、5年間服役」の台詞もあり、この歌のオリジナルシンガーは妻殺しで死刑判決を受けた。

有名な曲ではジョニー・キャシュ(Jonny Cash)の「フォルサム・プリズン・ブルース」 FOLSOM PRISON BLUESがある。
多くの歌手が唄った曲だ。

「ママの言うことを聞かず、銃を手にして、リノで人を撃ち、奴が死ぬところを見ていた」
と言う唄い出しだ。
フォルサムはサンクエンティンより北、サクラメントにある
アメリカの刑務所には3段階あり、カウンティ(郡)、ステート(州)、フェデラル(連邦政府)だ。フェデラルが全国28か所だから、総数は相当な数だ。
フォルサム、サンクエンティンともにカルフォルニア州立刑務所だ。

「俺は太陽を見ることが出来ないが、外を走る列車の音が聞こえる、列車ではコーヒーを飲み、シガーをくゆらし、人々が自由に動いているが・・」と深刻な内容だ。この歌を刑務所で唄うのだから凄い。

有名なアルバムでは「絞首刑囚のブルース」The Hangman’s Blues(1956-1972)が28曲のプリズンソングズを収録している。

古い曲ではカーリー・プットマン(Curly Putman)1930-2016作の「思い出のグリーングラス」GREEN GREEN GRASS OF HOME 1965は死刑囚の歌だ。多くの歌手が唄った。
彼は他にもThe Prison Song、 I’m Not A Boy I Used Beなどの曲を書いた。
アラバマ州の友人、ブレビンズが彼は近くの出身で知っていたと言っていた。

カーリー・プットマン

この曲はポーター・ワグナーPorter Wagonerが有名にして、トム・ジョーズTom Jonesの定番になった。
僕が当時良く聴いたのはジョーン・バエズJoan Baezだ。ベトナム戦争捕虜兵士をイメージした反戦歌だった。

この歌には思い出がある。1970年頃、英語を習っていたニューヨーカーのベッツイに
カセットテープを持参し、歌詞を書いて貰った。彼女が曲を聴いているうちに泣いたことだ。

コミカルなところではトム・ホール(Tom T. Hall)の「カウンティジェールの一週間」
A Week In A County Jail 1970 田舎で交通違反、召喚され判事が来なくて1週間いたと言う歌だ。作者の経験だろう。

映画は脱獄ものでは数えきれないほどの作品がある。そしてユーチューブにも無数の囚人投稿があり、今や刑務所はセレブな場所だ。ジョージ・フロイドも警官に殺されたが前科は不問だ。もはやPRISONではないPENITENTIARIESだ。
映画では「シャウシャンクの空」Shawshank Redemption1994が心に残った。音楽は
まったく関係なかったが。僕の好きなステーブン・キング原作だ。
テレビドラマではディビッド・ジャンセンがロバート・キンブルを演じた「逃亡者」
THE FUGITIVEだ。高校生の頃、毎週見ていた。

前科者の歌手では何といってもマール・ハガードMerle Haggardだ。

1971年のマール・ハガード

彼は「人の項」で書くが、1950年、窃盗の罪でベーカーズフィールド郡刑務所に召喚されていたが、脱走し、次はサンクエンティンに入れられた。そこで死刑囚からギター演奏を
習い練習した。彼の前科は1971年、カントリーミュージックファンのカルフォルニア州知事ロナルド・レーガンRonald Reaganが恩赦した。だから法的には彼は前科者ではない。
彼自身、多くのこの系統の曲を書いて唄った。なんといってもBRANDED MAN「前科者」だ。

刑務所にいたが、その経験を活かすところがアメリカンストーリーだ。
マール・ハガードの刑務所関連の歌の数々、
Mama Tried
Sing Me Back Home
Huntsville
I Made The Prison Band
I’m A Lonesome Fugitive
Life In Prison
Will You Visit Me On Sundays 
Old Time Religion
Fighting Side Of Me
刑務所や逃亡者、そして前科者を自分のサウンドにしたのは素晴らしい。

素晴らしい話がもうひとつある。
フレディ・フェンダーをジミー・ディビス知事が1963年、服役中の刑務所から釈放したのだ。
服役していたカントリーシンガーではフレディ・フェンダーFreddy Fender 1937-2006を忘れることはできない。彼は「思い込み論 7、サウンド」で紹介した通り、カントリー・テハノ・サウンドTejanoの代表者で、僕がLAにいた頃、メキシコ人おばちゃん達に大人気だった。彼の歌がラジオで流れると運転に注意しろとヘンリーさんに言われた。おばちゃん達の運転が危うくなるかだ。
フレディは1960年から3年間、バトンルージュBaton Rougeにおける薬のトラブルで、ルイジアナ州立刑務所で服役していた。刑務所でも音楽をやっていて、アルバムも作った。

ジミー・デイビス知事1962

ジミー・ディビス・ルイジアナ州知事Jimmie Davis1988-2000は彼自身がカントリー・ゴスペルのシンガーソングライターで、You Are My Sunshine, Mansion Over The Hilltop,
Nobody’s Darling But Mine, There’s A New Moon Over My Shoulder などの曲がある。
この決定には知事、ミュージッシャンとしての理解があり、フレディを評価したのだろう。
だが知事は保釈期間中、当時フレディがやっていたような音楽の退廃的影響を恐れ、
音楽から離れろという条件を付けたそうだ。

フレディ・フェンダー1977

ディビスさんは「ディープサウス」州知事、当時は公民権運動もあり音楽どころではなかっただろうが、音楽に自分が出来ることはやった。
フレディはテキサスに戻り、音楽活動を続けて、「Before The Next Teardrop Falls, Secret Love, Vaya Con Dios 、Wasted Days and Wasted Nights」などのヒットでメキシコ系カントリー歌手としての地位を確立した。
良い話だ。

最後に、
Prison Songsの原点は何か?
映画「ボニーアンドクライド」Bonnie and Clyde に見るに、
1930年代のアメリカは犯罪者を英雄視することが多く、その感情がカントリーミュージックに犯罪ものが、そして刑務所もの、Prison Songs がブルーグラスサウンドとして芽生えたのではないか。勝手な想像だが。
アール・スクラッグスEarl Scraggsの有名な曲、FOGGY MOUNTAIN BREAKDOWNは良く逃亡シーンに使われる。
この演奏は明るい山の夜明けを表したものだが。コメディアン、ステーブ・マーティンのバンジョー、ビンス・ギルのギター、レオン・ラッセルのキーボードなど他に有名なオヤジクラス演奏者ばかりの様々な楽器が出てきて楽しい。この項以上